【仮面ライダーギーツ】 29話「慟哭Ⅴ:サプライズ!闘牛ゲーム♡」感想
女神の力で得た娘
てっきり不妊に苦しんでいた夫婦が子供を授かる事を願った結果生まれたのが祢音だと思っていたのですが、亡くなった子供の代替品を女神に願った結果産まれてきたのが祢音だったと。
「あかり」の代替品だから「ネオン」
ただのキラキラネームじゃなかったんですね。
読み方が普通ですし、音も可愛らしいので現代風の名前としか認識していませんでしたが、人工的な灯としての意味からとって命名していたとは。
パパさんやべぇな。
悲壮感漂う形相もあって、ただただやべぇとしか言えません。
こんなヘビィでマイナスなベクトルで語彙力崩壊する事、ニチアサであります?
「私が理想とする娘・祢音が生きている世界」と願いの内容も酷い酷い。
あかりの蘇生を願わなかったのは何故なのでしょうか?
女神の力の限界を超えているとも思えませんが、叶えられない願いだったのかな?
単純に理想の娘が欲しかったのか、或いは例え蘇ったとしても女神の力で得た娘は以前の娘とは別の誰かであると言う認識が拭えなかった?
故にこそ、祢音を愛する事ができないのかな。
祢音の事を想ってはいても失ったあかりのことが頭から離れず、何処か受け入れきれないと言うのであればお互いに不幸ですね。
この願いの内容だと、これまでの祢音の言動も父親の理想を体現した結果と言う事になるので、彼女が本当の愛を求めるのも、家出を繰り返しながらそれを配信する奇行もすべて理想の娘の姿と言う事か。
祢音の愛を求めるその性は、父である光聖の自分では愛を与えることができないと言う思いと幸せになって欲しいと言うある種矛盾する願いを反映してのものとも考えられますね。
どうやら祢音は何も悪くなかったようです。
オーディエンス
喧々囂々と祢音を非難していましたが、オーディエンスが批難している理由が良く解りません。
急にアンチになっていましたが、祢音が女神の力で産まれた人間だとして何か問題があるのでしょうか?
騙したとか、ライダー失格とか、何処でどう繋がってそのセリフが出てくるの。
その時代に存在している人間のリアリティショーが見たいのであって、運営が用意した人形に用はないとかそう言うことでしょうか?
自己認識としては現代人なのですから、挙動は他の現代人と個人差以上の乖離はしていないでしょうし、ライダーとして特別適性や何某かの恩恵を受けているわけでもないので全く問題ないのでは?
そもそも自分が人間だと思っていたのに、実はお人形だったと知ってしまうなんて最高のエンターテイメントですし、祢音の場合には本物を完全にコピーした代用品ではなく、明確にイミテーションとして創造された存在なのですからより一層見世物としては魅力的で非常に愉快なキャラじゃないですか。
これの何処に文句を言う要素がるのでしょう?
不思議でなりません。
大爆笑や拍手喝采、同情と称賛の嵐に晒されるべき存在ですよ。
闘牛?
道長の考えたゲームに全く魅力がないからって、ルールを蔑ろにされ過ぎではありませんか?
1vs1のデスマッチのはずだったのに伏兵が配置され、マッチングは指定してあるのに英寿が無視して乱入し、ゲームとは無関係の暴露話にメインを持っていかれる。
それでもまだゲームに拘って続けようとする姿勢にいじらしさすら感じます。
英寿がマッチングを崩して乱入した時点でルール違反で失格で良いのでは?
しかし、英寿達デザイアグランプリ側が失格になったからと言って、別段困りはしないんですよね。
ライダーが失格になったらヴィジョンドライバーを貰えるみたいな取り決めやルールや強制力が存在するわけでもなく、そもそも人間に被害を出さないのであればジャマトは無視しても良いわけで。
参加したくてしているわけではありませんし、ジャマトグランプリ側がどういう扱いにしようと被害を出せば勝手にライダーが乱入してくるだけですし、何の意味もありません。
そもそもジャマトグランプリが恙無く進行されたところでニラムがヴィジョンドライバーをくれるわけではありませんし、ジャマトグランプリそのものの意義が解りません。